アスリートのダブルワーク全記録 — トラック12時間×レストラン4時間で気づいたこと

「好きなことで食べていく」と決めた瞬間から、お金の問題はついて回る。 マリンスポーツの道具は高い。遠征費もかかる。でも「競技を辞める」という選択肢は、自分の中になかった。 だから僕は、競技を続けるために働いた。トラックの夜勤、高級レストランの配膳、スクールのインストラクター ── 3つの仕事を掛け持ちしながら、練習時間を捻り出す日々。睡眠は1日3時間を2回に分けて取るのが精一杯だった。 おかげで海外遠征にも行けた。でも、体は確実に削られた。 この記事では、当時の1日のスケジュール、月収の内訳、そしてダブルワークを1年続けて気づいたことを、すべてさらけ出す。これから競技とお金の両立に悩むアスリートに、ひとつでも参考になれば嬉しい。
この記事でわかること
  • 競技を続けながら月収35万円を稼いでいた、リアルな1日のスケジュール
  • 1日の睡眠が「3時間×2回」だったアスリートの本音
  • ダブルワークで得たもの、失ったもの
  • アスリートがダブルワークを成立させるための3つの条件
  • 当時の自分が知らなくて後悔していること

まず結論:競技を続けながら稼ぐことは「できる」。ただし計画的な自己管理が必要だ

この記事の結論
アスリートがダブルワークで競技を続けることは、十分に可能だ。実際、僕はダブルワークのおかげで海外遠征にも行くことができた。 ただし、「体力があるから大丈夫」という根性論だけでは、必ず消耗する。「何のために働くのか」「いつまでこの生活を続けるのか」を計画し、自分の体と心を自己管理しながら進めること。それが唯一の成功条件だと、僕は身をもって学んだ。
当時の僕には、その「計画」がなかった。ただ「お金が足りない」という焦りだけで走り出した。だからこそ、うまくいったことも、後悔していることも、どちらも正直に書く。

24歳の私のリアル ── 1日の全スケジュール

当時の僕のタイムスケジュールを、そのまま公開する。

鮮魚配送の夜勤 → 練習 → レストラン。このループの実態

夜10時にトラックに乗り込み、鮮魚をお寿司屋さんに届ける。朝10時に戻ってきたら、3時間だけ寝て練習場へ。夕方5時に練習を切り上げて、6時からは高級レストランで配膳の仕事。夜10時にレストランが終わったら、そのままトラックの夜勤へ ──。 このループを、ほぼ毎日繰り返していた。 週末はインストラクターのバイトも入っていたから、正確に言えば「トリプルワーク」だった。
当時の月収内訳
  • トラック夜勤(鮮魚配送):約25万円
  • 高級レストラン(配膳係):約7万円
  • インストラクターバイト:約3万円
  • 合計:約35万円
「35万もあれば余裕じゃん」と思うかもしれない。でも、マリンスポーツの道具代、遠征費、車の維持費、練習場への交通費 ── これらを差し引くと、生活は常にギリギリだった。 ただ、このダブルワークのおかげで海外遠征にも行けた。あのときの経験は、今の自分を作っている大きな要素のひとつだ。

睡眠は「3時間×2回」── 24時間の内訳を全公開

時間帯内容備考
22:00〜10:00トラック夜勤(鮮魚配送)拘束12時間。休憩1時間+荷待ち時間で仮眠
10:00〜13:00帰宅・睡眠①(約3時間)1日で最も長いまとまった睡眠
13:00〜17:00練習集中力が勝負。量より質
17:00〜18:00移動・着替え・食事車の中で済ませることも
18:00〜22:00レストラン(配膳係)結婚式場併設の高級レストラン
1日で最もまとまった睡眠は、朝トラックから戻ってきてからの約3時間だった。 もうひとつの睡眠は、トラックの中だ。12時間の拘束中に正規の休憩が1時間ある。それに加えて、荷物の積み込み待ち、荷下ろし待ちの時間。運が良ければ、ここでもう3時間ほど眠れた。 つまり、良い日で「3時間×2回=合計6時間」。悪い日は「3時間+細切れの仮眠」。これが僕の「睡眠」だった。

徐々に削られていく体力 ── 体づくりとの矛盾

最初の数ヶ月は、若さと体力でなんとか乗り切れていた。しかし、半年を過ぎたあたりから、明らかに体が変わってきた。 睡眠が足りないと、まず回復が追いつかなくなる。練習で追い込んでも、筋肉が修復される時間がない。体づくりをしたくても、体を壊す方向に進んでいる ── そんな矛盾を抱えながら練習場に向かう日々だった。 当時の自分は、「このくらいしんどいことができなければ、プロとしてやっていけない」と言い聞かせていた。精神論で体を動かしていた。今思えば、それは強さではなく、ただの知識不足だった。 練習場の駐車場に着いて、エンジンを切った瞬間に意識が飛ぶ。アラームで5分後に起きて、「よし、あと5分だけ…」と繰り返す。結局30分寝てしまって、練習時間が削られる。 ただ、振り返って思い出すのは、辛かったことだけじゃない。 トラックの同僚が、「今日は俺がやるから、お前は海に行け」と作業を代わってくれたことがあった。競技のことを応援してくれていたのだと思う。あのときの感謝は、今でも忘れられない。

ダブルワークを1年続けて気づいたこと

お金の問題は解決した。でも体の「消耗」との戦いが始まった

月35万円の収入があれば、道具代も遠征費もなんとかなった。「お金がないから大会に出られない」というストレスからは解放された。実際、海外遠征にも行くことができた。これは当時の僕にとって、何物にも代えがたい経験だった。 でも、代わりにやってきたのは体の「消耗」だった。1日の睡眠が合計6時間取れればいいほう。取れない日は3時間と細切れの仮眠だけ。徐々に体力が削られていくのが自分でもわかった。体づくりをしなければならない時期に、体を回復させる時間がない。このジレンマが、ダブルワーク最大の敵だった。 お金の問題を解決しても、時間と体力の問題は残る。ダブルワークは「ゴール」ではなく「つなぎ」だと早く気づくべきだった。

練習時間は減った。でも集中力は上がった

これは意外だった。練習時間は確実に減ったし、体づくりも十分にはできなかった。でも、パフォーマンスはそこまで落ちなかった。 理由はシンプルで、練習できる時間が限られているから、1回の練習の密度が上がったのだと思う。「今日は6時間ある」と「今日は4時間しかない」では、練習へのスイッチの入り方がまるで違う。 ダラダラ長時間練習するより、短時間で集中するほうが、少なくとも僕には合っていた。

競技の外で出会った人たちが、アスリート人生を支えてくれた

ダブルワークを始めて、競技の世界以外の人たちと接するようになったことで、ある違いに気づいた。 応援される選手は、競技以外の場でも「この人と関わりたい」と思わせる何かを持っている。逆に、競技の実力だけで周囲との関係を築こうとする選手は、結果が出なくなった瞬間に孤立する。 レストランの支配人は、品のある立ち振る舞いや言葉遣い、お酒の知識をたくさん教えてくれた。インストラクター時代の先輩は、毎週金曜の夜に飲みに連れ出してくれて、「お前ならできる」と何度も背中を押してくれた。 競技とはまったく関係のない場所で出会った人たちが、結果的に僕のアスリート人生を支えてくれた。この経験がなければ、僕はとっくに競技を辞めていたと思う。
ダブルワークの「隠れたメリット」
違う業種の人たちとの出会いが、自分の視野を広げてくれる。競技の世界だけにいると見えなかったことが、外の世界で働くことで見えてくる。これは、お金以上に大きな収穫だった。

ダブルワークを成立させる3つの条件

1年間のダブルワーク生活を経て、「これだけは守るべきだった」と思う条件が3つある。

条件1:一時的に削るのはいい。でも慢性的な睡眠不足は、体も心も壊す

お金を稼ぐために、一時的に睡眠時間を削ること自体は、僕は否定しない。実際、僕もそうやって乗り切った時期がある。 でも、慢性的な睡眠不足は、絶対にダメだ。これだけは、身をもって言い切れる。
慢性的な睡眠不足がアスリートにもたらすもの
  • 疲労回復が追いつかない ── 練習で追い込んでも、体が修復される時間がない。体づくりをしたいのに、壊す方向に進んでしまう
  • 思わぬ怪我や事故のリスク ── 判断力や反射神経が鈍り、練習中や移動中に怪我を起こしやすくなる。トラックの運転中に意識が飛びかけたことは、一度や二度ではなかった
  • メンタルが削られる ── 「何のために働いてるんだっけ」「もう辞めたい」。睡眠不足が続くと、こういう思考に支配されるようになる
だからこそ、大事なのは「計画的な自己管理」だ。 「今月は大会前だから、バイトを減らして睡眠を確保する」「オフシーズンはしっかり稼いで、シーズン中は体を優先する」── こういうメリハリを、自分で設計しなければならない。 根性で乗り切ることと、計画的に管理することは、まったく違う。当時の僕にはその区別がつかなかった。

条件2:口約束は約束ではない ── 休みの条件は必ず書面で残す

大会前は練習に集中したい。大会後のオフシーズンはしっかり稼ぐ。このメリハリをつけることが重要だ。 僕が後悔しているのは、大会前でも休めなかったこと。仕事を始めるときに「大会のときは休める」という口約束を交わしていたのだが、いざ大会が近づくと「そんな理由では休ませられない」「人手が足りない」と言われてしまった。
教訓:シフトの融通や大会時の休みについては、必ず書面やメールで残すこと。
「わかってるよ」は、忙しくなった瞬間に忘れられる。これは業界を問わず、ダブルワーカーの鉄則だ。

条件3:練習は「量」より「質」で勝負する

ダブルワーク中は、練習量を確保するのは物理的に難しい。体づくりの時間も十分には取れない。だからこそ、「今日この練習で何を改善するか」を明確にしてから練習場に向かうようにしていた。 量で勝負できないなら、質で勝負する。この考え方は、ダブルワークを辞めた後も僕の練習スタイルの基盤になっている。

【正直に書く】当時の自分が知らなくて後悔していること

ここからは、記事の本題とは少しずれるかもしれないが、同じ境遇のアスリートにはぜひ知っておいてほしいことを書く。
残業代と社会保険の話
当時の僕は、「残業代が出ない」ことも「厚生年金に入れてもらえない」ことも、疑問に思わなかった。「バイトってそういうもんだろう」と思い込んでいた。 今振り返ると、これは本当にもったいなかった。 知識がないことは、お金を失うことに直結する。競技に全力を注ぎたい気持ちはわかる。でも、「自分の労働条件が適正かどうか」を確認する最低限の知識は、アスリートにも必要だ。 今はYouTubeやネットで簡単に調べられる時代。当時の僕にこの環境があったら、もっと早く気づけたと思う。
※本記事は筆者個人の体験に基づくものです。労働条件や社会保険に関する詳しい判断は、社会保険労務士や最寄りの労働基準監督署にご相談ください。

まとめ:計画的に自分を管理できれば、ダブルワークは「武器」になる

この記事のまとめ
  • 競技を続けながらダブルワークで月35万円を稼ぐことは可能。おかげで海外遠征にも行けた
  • 睡眠は「3時間×2回」── 一時的に削るのはいい。でも慢性的な睡眠不足は体も心も壊す
  • 大事なのは「計画的な自己管理」。根性論ではなく、睡眠・収入・練習をメリハリで設計すること
  • ダブルワークの隠れたメリットは「競技外の人脈」と「視野の広がり」
  • 口約束は信用しない。休み・シフトの条件は書面で残す
  • 残業代・社会保険の知識は、アスリートにも必須
「アスリートなら競技だけに集中すべきだ」。 そう言う人もいるし、理想としてはそうかもしれない。でも現実は、お金がなければ道具も買えないし、遠征にも行けない。 僕はダブルワークを「仕方なく」始めた。体は確実に削られた。慢性的な睡眠不足で、体づくりもままならない時期があった。 でも、あの生活がなければ海外遠征には行けなかった。出会えなかった人がいる。身につかなかった考え方がある。削られた以上に、得たものがあった。 稼ぐことは、競技から逃げることじゃない。計画的に自分を管理しながら続ける ── それがアスリートの「リアルな強さ」だ。 あの頃の自分と同じ場所にいるアスリートに、この記事が少しでも役に立てば嬉しい。
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